×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

2001年から8年後のフジロック



 この日、僕らはファン同士で集った。総勢は20人ぐらいだった。
見知らぬ人との連絡も既に慣れているので、集まることが難しいフェスティバルでも
なんなく行うことができるようになっていた。だが、当然のことながら
思うように会うことの出来ない人もいる。そのひとりが、オアシスナイト立ち上げの
友人で僕と同い年のあっきーだった。彼は今神奈川に住んでいて、とても忙しい仕事をしている。
三年間イベント運営を一緒にやってきた仲で、人望が溢れる人好きのする性格の持ち主だった。

彼とはうまく連絡を取り合うことが出来なかった。会って乾杯しようと言っていたのだが
もう半ば諦めていた。しかし、オアシスのライブ終了後に偶然出会った。
会場を出るまでわずか40分ぐらい話をした。その話が何だかとても興味深いものだった。
正確に述べると、話しているうちに”興味深いもの”となった。というべきなのかも知れない。




降りしきる黒い雨は人々を無言で打ち続けた。オアシスのステージは終わり、
喝采や拍手が鳴りやみ、ふと見渡すとモッシュピットを抜け出そうとする人で
押し合いになっていた。山の雨は、執拗だった。
雨具を着用していても、今夜のひどい雨には誰もが嫌気をさしていた。

僕はポール・ウェーラーのバンドが終わるまで、雨具を着ていなかったせいで
全身が深く濡れ身震いをしていた。冷たい風が無数に吹き付け、
体温を奪っていく。オアシスが始まる前には雨具を身に付けて臨んだが、既に遅かった。
身体が疲労し切っている。ライブ終了後。人だかりのどこかにぼんやりと焦点を合わせ、
オーディンエスの塊がわずかに動いたり、停止したりするのにわずかに身を任せていた。

モッシュピットの柵を出た辺りで、ぐっと肩を掴まれる感覚があった。
振り返ると、あっきーだった。
思わぬ再会だったので、僕は驚いてしまうと同時に嬉しさが込み上げてきた。


「おお、会うことが出来たね。もう、駄目かと思ったよ」と彼はにっこりと笑った。
毎年フジロックに三日間参加し、たくさんのフジロッカーと彼は交わっていた。
性格が明るくて爽やかなので、彼のもとには自然と人が集まってくる。
それは職場でも、このフジロックでも同じだった。


しかし、今年、彼は一日参加だった。熱狂的なオアシスファンだったにも関わらず、
24日は「オアシスよりフィールドオブヘブンのクラムボンが気になるなあ」と事前に言っていた。
結局、彼はオアシスを観ていた。モッシュピットの外側の柵からだったそうだ。



人はなかなか進まなかった。ひどい雨でオールナイトフジや一部の真夜中イベントは中止になり、
壊れた橋の修復作業のアナウンスが何度も流れていた。混乱とまではいかないが、人々は疲れ切り、肩で息をしていた。


僕はその間、あっきーと色々な話をした。最近のお互いの生活のことや、結婚生活について。
でも、まずは「オアシスのライブはどうだった?」という話だった。当然のことながら。


素晴らしかった、サード曲のマイビッグマウスには驚いたし感動したとか、リアムの声の調子や
ノエルの歌がうまくなったなど様々。ライブ終了後に話し相手がいるということは、本当に頼もしいことだ。


だけど、僕は心に引っかかっていたことを切りだした。
「でもね、2001年のフジロックオアシスのような気持ちにはならないんだよね。
死ぬほど感動して、人生最高の瞬間って思えるような。
何が違うんだろうねえ……」
彼はまじまじと僕の目を見た。そして、口を開いた。「そりゃ、当り前だよ。あの時、俺達は21歳だった。若かった。
オアシスのライブの経験はゼロに近かった。
ワンダーウォールやドントルックバックインアンガーが名曲だからって、10回も20回も聴けば感動も薄れるよ。
俺だってそうだし、誰だってそうだよ」
その通りだった。僕の通算ライブ回数は20回を超えていた。慣れ過ぎているのだ。

「年を取ったというせいもあるかもしれない」と僕は言った。

「そうだね、俺達はもう若くないから」
僕は闇に浮かび上がる人だかりを眺めた。人々はまるで壁のように動かなかった。
周辺で移動に対する規制が入っているのだろうか。ぬかるみに足を取られそうになりながらも、
僕等は迂回ルートを回って、ゆっくりと歩いていた。


「なあ、最近CDとか買ってる?」とあっきーは僕に尋ねた。
僕は首を横に振った。「全然、買って無いねえ。フジ用に予習で買ったアルバムすら、封を切らずに聴けなかったよ」

「俺もそうだよ、全然買わないな。最近サーフ系の緩い曲とか邦楽しか聴けなくなったね。
洋楽の新しいモノはもう駄目、ついていけない。例えばグリーンデイとかも昔の曲なら大丈夫だけど、
新しいモノは受け付けないんだ」と言葉を切って、間をあけた。「行き着くところは、クラシックかもしれない」笑い声だった。


「何でだろうね」僕は目の前にある暗闇を小さなハンドライトで照らしていた。
冷たい風が雨交じりで吹き付けていた。
「僕はここのところ音楽に興味が無くなってきているかもしれない。アンテナが狭いというかね。
広がりをちっとも感じないね」


人だかりは少しずつ進んでいた。しかし、それはスムーズには程遠かった。
僕は話を続けた。「2001年のフジロックみたいな気持ちには、もうなることはないのかな?」
「そりゃあ、無理だよ」と彼は笑って答えた。
「だって、俺達は29歳だよ。18歳や20歳のようにはいかないよ。
俺だってフジロックが生きがいだったけど、もうそうでもないよ。そんなもんだよ、誰だってね」

「そう。今回もオフ会みたいなのやったんだ」

「へえ、何人ぐらい来たの?」

「20人ぐらいかな。その中で、17歳18歳がいてね。今日のライブを観て、どうだっただろうね」

「最高だっただろうね。俺達の2001年の時のように」

「ねえ、僕は年のわりには良く頑張っているよね? 何だかんだ言っていつも参加しているし」

あの時の感情は取り戻すことが出来ないけども、僕はとにかく参加している。


「ああ、頑張っていると思うよ」とあっきーは言って、悪路のなか更に歩を進めた。



彼は翌日は大事な用があって、朝までに神奈川に帰らなくてはならなかった。
フードエリアに辿り着いた僕たちは約束の乾杯を行おうと酒を探したが、
どこのフードコーナーも客でいっぱいだった。彼には時間が無かった。

僕等は仕方なく、缶ビールに見立てた”空気のビール”を手に持ち、
にっこりと笑って乾杯した。そして、それを飲み干し、またいつかの再会を口にした。
彼はシャトルバスの停留所に独りで向かった。僕は次々と他の仲間たちに連絡を取り、
あらかじめ指定していた場所に集まった。


人だかりが波のように向こう側に歩いていく。誰かが誰かと笑い合っている。
あるいは、感動をどこまでも伝え合っている。
僕は経験が過ぎたせいで、最高というところまで気持ちがいかない。


集まってくる若いファン、僕の顔を見るなりに「最高のライブでしたね。人生最良の日ですよ!!」
キラキラした眼で、混じりっけのない言葉が鼓膜に響いた時。
何度も違う人から同じ意味のセリフを受け取った僕は、いや、僕らは過ぎ去ってしまった感情を懐かしく思った。
僕はもうあのキラキラした眩しい気持ちを取り戻すことなんて出来ないだろう。
仕方のないことなのだ。頭では理解していたが、やっと実感することが出来た。


だけど、僕の眼の前には若いファンがいて、素晴らしいと言っていて、何度も素晴らしいと笑っていた。
村上さんの掲示板へ書き込みをしなかったら、私はフジロックに行っていなかったと思います、
とある若い女の子は言った。
「若い人たちにとっては、今回のライブは素晴らしい良い経験だったと思うよ」
とあっきーは一緒に歩いている時に言っていた。



僕は死ぬほどの感動がまた待っているんじゃないか、と密かに思って2009年のフジロックに参加した。
しかし、あの時の、21歳の時の感情はまるで戻って来なかった。


「オアシスは本当に凄かったね。特にマイビッグマウスがね、サードの曲なんて
もう聴けないと思っていたよ」


「そうですよね!!」なんて、勢いのある返事が返ってきて羨ましくなってしまう。
それと同時に、死ぬほどの感動なんてしなくても構わないなとも思った。
いつまでも過ぎ去ったモノを追い求めるなんて、何だかバカバカしい。



宿も取らず、着のみ着のままでやって来た彼らを、
降りしきる冷たい雨のなかで行き場も決めずに、「とりあえず、シャトルバスが来る朝まで一緒にいよう」
と声を掛けて、僕は先頭に立って足を進めた。雨は止まる気配もなく、黙々と地面を打っていた。


寒い真夜中の山、どこまでも続く雨。何だか彼らと一緒にいたかった。
彼らの抱いている真新しい感情に触れていたかった。
僕にはもう届かない、それに。