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オアシス



■2001年

彼は自分の心に驚いていたようだった。
不思議な昂りと、清々しい気持ち。
冷たく濡れたTシャツは汗がねっとりと染みている。
グリーンステージの無色透明な風は上空から降り、オアシスの出演を待ち望む人々の間を抜けていく。
巨大なオーロラスクリーン、
そこに蜃気楼のように浮かび上がり、吸い込まれて消えていく文字。

NEXT UP、OASIS。


彼は高鳴る想いを胸に讃え、開演の時を待っていた。
位置は満員のモッシュピットのステージの前から2列目。

ステージ中央には「OASIS」と描かれた黒い横長の幕が吊ってあった。
異様な存在感だった。先ほどライブを行ったマニックスやトラヴィスとはまったく異質のものだ。
身体に詰まっている高揚感は、経験したことの無いものだった。彼は拳を作り、限界的な力を込めた。



まだ、彼らは姿を現そうとはしない。局所的に舞うオウェイシスコール。
ステージの後ろの深い山には、奥行きのある暗闇がどこまでも広がっていた。

日本で初となるオアシスの野外ライブ、2001年のフジロック。
今、その瞬間が始まろうとしてた



■2009年

湿った空気が、モッシュピットに流れている。
冷たい雨が無数の水滴として雨具にこびりつき、地面を勢い良く流れていく。
身体中が濡れていた。体温が少しずつ失われていく。まるで砂時計が落ちるように。

僕は仔細に組み立てられていくステージの機材を細い目で眺めている。
西洋人の集団が、笑い声を立ててLive ForeverやMorining Gloryを合唱している。
ポールウェラー・バンドから本格的に降ってきた雨は、勢いを落とそうとはしなかった。
一緒に来たオアシスファン達はどこにいるだろう? 深い目で僕はオーディエンスの集団のなかに
彼らを求めた。だけど、どこに誰がいるか分からなかった。

僕は首を振った。髪が水に濡れ、滴り落ちてくる。
冷たい風がどこからともなく吹き抜けていく。


心臓は静かに脈打っている。僕は見上げた空の厚く覆われた暗がりの雲を見やり、目線を下げる。
オーロラスクリーンには、「NEXT UP」、「OASIS」。
白い文字が暗闇に浮かび上がり、一定のスピードで流れ消える。


落ち着いている。その瞬間がやって来るまで、
僕は平然とした気持ちで周囲の雑音に耳を傾ける。


■2001年


ステージから彼の元にまで届いていた真っ白な明るい光が失われ、
瞬間的に暗闇がオーディエンスを覆った。割れる拍手や激しい歓声が起こり、それは地鳴りみたいだった。
そこら中の空気の中を鏡のようにキラキラと反響していく。

彼は力を振り絞った。身体は消耗し切っていたし、喉の調子が悪かった。
だが、叫ばずにはいられなかったし、身が奮い立ち、拳には力が入った。Fuck'n In The Bushes。


ふと、見上げるとそこにはリアム・ギャラガーがデニム姿のシャツで立っていた。
表情まで、リアルに分かる。こんな近い場所で、彼はオアシスを観たことが無かったので
異常に興奮していた。乾いた音を激しく立てていく心臓が、何だか頼もしかった。

一曲目は「Go Let It Out!」。『幻を描くんじゃない、お前が手にしたものでうまくやっていくんだ』
歌がある種の浮力を伴って、鼓膜の内側に響き、身体の奥に留まっていった。
もちろん、筋金入りのオアシスファンの一人である彼は、目一杯の力を込めて、熱唱し始めた。



■2009年


僕は死ぬまでずっと忘れないだろうと思っていた2001年のフジロック。
いつの間にかイメージは少しずつ減衰し、光り輝く記憶の粒子が散逸していった。
激しい興奮と感動。
人生で最良と呼べる瞬間。
どうしてあの素晴らしい出来事が忘れ去られていくのだろう。


だけど、またグリーンステージに来ることが出来た。
埃の被さった記憶が揺れ動き、断片的に蘇ってくる。

ここで、8年前僕は激しく感動した。僕はその当時若かった。21歳だった。
何のしがらみも無く生きていたし、一点の曇りも無くオアシスのことが好きだった。
人生を注ぎ込んでいたと言っても、過言では無かった。

あの熱い気持ちはどこへいった?

やがて、鳴り響くFuck'n In The Bushes。
8年前と同じように、あっと言う間に押し寄せるファンの群れ。
湿っぽい冷たい空気が包み込み、雨がしきりに降り続いている。


気がつくと彼らはステージに立っている。
僕はリアム・ギャラガーをじっと目を凝らすようにして、見る。

無数に聴いたイントロが何かに引っかかるようにして奏でられ、ライブはスタートする。曲名はRock' n Roll Star。

イギリスの偉大なる前代未聞のロックンロールバンド、ファーストアルバム「Definitly Maybe」の始まりの曲。
シンプルかつしなやかなアウトライン。明快なメッセージソング。
僕は拳を振り上げて、青白く閃光が抜けていくステージ上のリアムに向かって、歌い叫んでいる。



■2001年


リアムに向かって、彼は全力で叫んでいた。歌っていた。そして、笑っていた。
喉、声帯にかすかな痛みがあった。全身は疲労感が覆い尽くしていたが、
真っ直ぐにライブを駆け抜けていく。気持ちの良い瞬間が断続的に流れていく。

心が圧倒的に引き寄せられるのだ。
どうしようもないぐらいに彼はオアシスが好きだった。
気持ちだけならば、誰にも負けない自信があった。
どうしてこのようなファンになってしまったのか、彼には深い理由なんて分からなかった。

精神的な抵抗力をすべて失ってしまうぐらいの素晴らしいライブが、そこにはあった。



■2009年


8年後の今でも、鮮やかに記憶している光景が3つある。その感触をありありと思い浮かべることが出来る。

「Champagne Supernova」で冷たい風がいくつも吹き抜け、曇り空の苗場をじっと眺めていた。
「Live Forever」で、モッシュピット前列にいた僕は、知らない誰かのユニオンジャックを一緒に振り回し、
にこやかに笑い合い、肩を組み、キツくなった身体を制して合唱した。あの濃密な暗がりに響き渡るドラミング。
静かにスタートを切るリアム・ギャラガーのボーカル。

素晴らしい興奮が、未だに感じ取れるぐらいだ。

そして、最後の光景は「I Am The Walus」だった。



■2001年


彼は響き渡る立体的な音の海のなかにいた。ラストソング「I Am The Walus」。
ぐっしょりと濡れたTシャツは、重たく纏わりついていた。
疲れ切った身体が、心地よくて堪らなかった。全力を尽くしたのだ。
青く輝くステージでは、強烈な白色の光線がくるくると旋回していた。
リアム・ギャラガーは歌い終わり、屹立とした姿でステージ前方に立っていた。
デニム生地の姿に、青い帽子を被り、サングラスをかけていた。
リアムは下腹部の辺りで、両手を組み、身動きもせず遠景にある何かをじっと見つめていた。

初めてのフジロックの旅。その終幕が近づこうとしていた。
硬質的な高揚感と達成感が彼を占領していた。

リアムはいったい何を見ているのだろう?
瞳の奥はサングラスのレンズに阻まれて、視認することは出来なかった。
たぶんリアムは何も見ていないのだろうな、と彼は思った。その視線の先には、きっと何も存在しないんだ。


■2009年


過去の個人的な思い出が複雑に絡み合った2009年のフジロック。その大切な記憶たちと
余裕で肩を並べた瞬間がひとつあって、それは「My Big Mouth」を聴いた時だった。

僕はこの時ばかりは、若い頃のように激しく興奮した。
現在のオアシスはほとんどサードアルバム「Be Here Now」の曲は演奏しない。
この先、二度と聴けることが無いのかもしれない、なんて思ったこともあった。


昔、10代の頃、僕は「All Around The World」がオアシスのなかで最も好きな曲だった。
「Be Here Now」は、僕が初めて買ったアルバムで、そのライナーノーツを見て、思わず笑った。

そこには、こう書いてあった。

ノエルにいたっては、この「ビートルズ以上の地平」に立ったことについてすら、
「んー、さほどたいしたことはなかった」と語っているのである。



何だろう、こいつ等は。痛快な乱闘事件に、大言壮語の連発。ゴシップ記事の常連。
それでいて、なんて胸に響く素晴らしい曲の数々。



直近のライブアクトから予想していたものの、本物の演奏の前には構えていた心が一瞬にして無力になった。
あっという間に精神の抵抗力を失った。


ライブが終わって、道すがら一緒に来た仲間と出会った。テント同泊の連中とも会った。
もう会えないなと思っていた人にもうまい具合に再会した。
みんな笑っていたし、清々しい笑顔だった。


だけど、ふいにやってくる一抹の寂しさ。それは、僕の胸に固く刻まれている2001年のフジロックの光景が
もたらすものだった。高揚感ではあの日に遠く及ばなかった。
身体の芯から沸き上がる興奮は、少なかった。


でも、と僕は考え直した。
降りしきる冷たい雨を受け流しながら、目撃した「My Big Mouth」。
ライブが終わり、夜が過ぎ、朝が来ても、深く余韻が残っていることに気が付く。