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オアシス VS ブラー





 これは90年代ロック史においてもっとも注目された出来事のひとつでしょう。


元々、ちんぴらバンドオアシスと学生バンドブラーは仲が悪かったのでした。








ノエルとリアムは、ブラーの音楽にインチキ臭さを感じていました。



リアムは特にブラーを激しく嫌っていました。







ギタリストのグラハムが通っていたパブに、わざわざおちょくるためだけに行き

出入り禁止
になったりもしました。







これはオアシスが労働者階級のスターヒーローであったのに対して、
ブラーは中産階級のポップヒーローであったのが大きな嫌悪感につながっています。



また、オアシスはマンチェスター。そして、ブラーはロンドン出身のバンドでした。
あらゆるところで対称的なバンドは、同時期のライバル同士でした。





「Definitely Maybe」よりも「Park Life」をメディアが賞賛したのが、ノエルには気にくわなかったみたいです。

両バンドは、激しく対立を繰り返しました。







その最高潮が、1995年8月15日。オアシス、待望のシングル「Roll With It」に合わせて、

なんとブラーサイドが同じくニューシングル「Country House」をリリースする予定だと知らされます。







「Country House」の発売日は、元々8月28日だったのですが、ブラーサイドの意向によりオアシスの発売日にずらしたんですね。



どっちが一番か決めようじゃないかという具合です。









マスコミ・メディアは、一斉に注目。瞬く間に、イギリス中に飛び火しました。

果たしてどちらが勝つのだろうかと人々は息をのんでました。








一週間のセールスは「Country House」27万4000枚。「Roll With It」21万6000枚。




ブラー側に軍配は上がりました。ところが、これには隠された事実があったんですね。


まず、オアシス側には手落ちがありました。



シングルのカウントは、バーコードの読みとりを通して

提携店が集計本部に送ることになっています。




何万枚という数のバーコードにミスがあって票に入らなかったんですね。









そして、周到に用意していたブラーサイドはシングルを2バージョンで販売しました。



ポケモン金と銀のようなものです。いや、ちょっと違いますが(笑

これが、ふたつ合わせてカウントされるのですから、オアシスは最初から分が悪かったのです。










さらにブラー側は、オアシスと同じ日にコンサートをやると発表しました。なんか執拗です。









よっぽどギャラガー兄弟のことが憎たらしいんでしょうか。





オアシスは、予定を一日ずらして対処しました。









いくらこちら側が受け身になっていたとしても、



シングル対決で負けたことでいらいらしていたノエルギャラガーは悪態を連発













「ブラーが俺たちの歌詞を盗んだって不思議はない。


だけど、俺たちがあいつらの歌詞を盗むのは不可能だね。








あのくだらないクソのような歌詞をいったいどうしようってんだ?














それで、最後にはこれです。










「ブラーのデーモンアレックス






















エイズにかかって死ねばいい」と発言・・・









もちろん、マスコミは総動員してノエルを非難。エイズのチャリティー団体も激しく怒りをあらわにして、

もう事態は収拾がつかないくらいになりました。







さすがに、ノエルは猛烈に反省。一転して






















「デーモンとアレックスには長生きしてもらいたい」と謝罪。










この年から次第にブラーとオアシスのブリッドポップ戦争は終息に向かいました。









ぼくはオアシスがもちろん一番好きですが、ブラーもけっこう好きなんですけどね。


オアシスが嫌っているから、ブラーを聴かないというのはちょっともったいないような気がします。個人的に。





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