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「国境の南、太陽の西」

講談社










<DATA






1992年出版、村上春樹43歳。前年からアメリカのプリンストン大学に客員研究員として在籍。
1992年5月から93年8月まで、同大学院で現代日本文学セミナーを受け持つ。

要するに、村上春樹は生まれて初めて”先生”として授業を受け持った。





村上は「道で会っても、そっとしておいてください」と普段からファンにお願いしているくらいシャイな性格で、


授業はとても緊張したそうですが・・・・・・(『やがて哀しき外国語』に詳しく模様が収められています 笑)





そのアメリカ生活をしているときに書かれた小説。


「ひとつは『国境の南、太陽の西』という少し短い長編小説になり、もうひとつは遠大な『ねじまき鳥クロニクル』という小説になった」

と言っているように、アメリカという土地で非常に多感な経験をして完成した。







リアリズム恋愛小説で、村上の作品群のなかではあまり目立たない種類のものかもしれない。


まあ、ぼくだけかもしれないけどタイトルからして「旅行記か・・・・・・旅行記は後回しだなあ」

と、長いあいだこれが長編小説だということに気が付かなかったのです。









4年くらい。



で、手に取ってふらっと中身を見たら「ちょ・・・長編・・・・・・小説やんけ(大阪弁)」と感動して、レジに走った記憶がございます。



分かりやすく言うと、オアシスのアルバムをすべて買ったつもりだったのに、もう1枚残ってたって感じっすね。









<感想



 完成度としても高いし、ノルウェイのような陰鬱なストーリーではない。非常に繊細な側面で、人の心をすくい上げていると思う。


くるりというバンドの歌にあるけど「ハローもグッバイもサンキューも言わなくなって、こんなにも、それぞれすれ違って歩いていく・・・・・・」


という誰もが経験している部分が巧みに描き出されている。”こんなにも、すれ違って歩いていく”ものなんですよね。結局のところ。








そこには切なさとか、薄れていく記憶とか、懐かしみとか、様々な色の感情が入り混じっている。





”いつのまにか”、自分の道を歩いているというか。それでたまに離れていた仲の良かった友達と会ってみても、どうもしっくりこなかったり。

みんな変わったなあって思ったり。”それぞれ、歩いていった”距離が、どうも重たく感じてしまったりする。





この小説の場合は恋人や好きだった女の子が”そういった距離感のなかで”登場するわけだが、


とにかく書き方が絶妙。完璧。天才。(褒めすぎかな 笑)



いやあ、もう本当に感動したというか、ずっしりきたというか・・・・・・。じんわり悲しみが伝わってきて、ちょっとやばかったっす。いい小説。




ちなみに、くるりの上記の歌は「ワンダーフォーゲル」。妙に心にとっかかってくる曲です。

さわやかなメロディーのなかにあるほろ苦さ。





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