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All Around The World


ぼくは大学生の頃、理由を求めて何かを行うということを嫌っているところがあった。
考えるより前に何かをすると予想外の結果が起きたり、大して何も起こらなかったりする。
そうすることで、目の前の出来事に集中できた。
計画の無い行動は、なかなか楽しいものだった。

2001年の夏も同じだった。ぼくは無計画にフジロックへ行き、がむしゃらにオアシスと向き合った。
身体じゅうを突き抜けるような高揚と興奮が7月27日の夜は駆け巡った。

フジロックが終わり、ぼくの本来の夏休みが始まる。

21歳のぼくは夏休みを利用して、リゾートホテルに泊まり込みで和歌山の白浜にアルバイトへ行った。

1ヶ月の長期バイトで、仕事は洗い場。
朝と夕方に出てくる圧倒的な食器やグラスを食器洗い機にかける仕事である。

せっかくの夏休みにどうして泊まり込みで仕事をするの? って訊くのかもしれない。

でも、そこには明確な理由はなかった。何となく応募しただけ。
好奇心や直感的なものが混ざっていた。それだけだった。

何か考えてしまうと、そういうのってうまく乗り出せない。
簡単な面接の後で即採用された。バッグに荷物を詰めて、特急に飛び乗る。
金がないので、またしても普通電車で行くという案もあったが、
大阪から新潟でやったばかりなので思い出してはうんざりしてやめた。


で、まったく面識のない人たちと一ヶ月同じ部屋で過ごすことになる。



和歌山県の白浜は関西ではわりと有名なリゾートだ。美しい海を求めて、夏は観光客でにぎわう。

温泉もあり、サファリパークもある。いろんな人が楽しく過ごせる場所である。



仕事は朝の8時から昼の12時。夜は泊まり客の食事の終わりに合わせて、18時から23時と変則的。

昼から夕方にかけては、いろいろなところから集まってきたアルバイターたちと応接間で話したり、
若い女の子と話したり、部屋でぐうぐう眠った。
せっかく白浜にやって来たのに僕らの宿舎から海は遠かった。徒歩で1時間半もかかるので、おいそれと行くわけにはいかなかった。
リゾートホテルに着いたその日からいつもとは違う夏休みの生活が始まった。


従業員は本当に様々な人たちだった。証券会社に40年勤めていたおじさんは、
定年後白浜に家を買ってこちらに移り住んだそうだ。
海の見える場所に住むのが夢だった、と笑ってぼくに話した。


地元のパートのおばさんは”一癖も、二癖”もあり、
ウェイトレスの女の子はぼくと同じように遠くから泊まりで働きに来ていた。
でも、今振り返ってみると、皆が何を求めてリゾートバイトに来ていたのか、よく分からない。
出会いでも無さそうだったし、みずみずしい空気でも、冷たい透きとおった海でも無かったような気がする。
みんな何となくやって来たのかもしれない。そんな気がした。
そして、そこには溢れるようにやって来る仕事の日々があるだけだった。

たくさんの人と出会った。その出会いのなかで、特に印象に残っている人がいる。
中年の黒ぶち眼鏡をかけた人の良さそうな外国人である。


フィリピンからやって来たアレックスという名前のピアニストだった。
大きな会員制のホテルだったので、ひと夏のためにピアノ演奏者を呼んでいたのだ。
彼はそのホテルに訪れるたくさんのリゾート客を喜ばせるために、静かなプールサイドの片隅でピアノを弾いた。
美しい音色は風に運ばれて、ホテルのなかで仕事をしている僕らのもとまで届いた。
夏の夜のプールサイド。しっとりとした暗闇の茂みにまで彼の奏でるピアノの音で満ちていた。
サザンオールスターズやミーシャ、ビートルズ、お客さんのリクエストの曲。
とにかくたくさんの曲が毎日流れていった。


ぼくは何故かアレックスさんと仲良くなった。きっかけは何だっただろう……。
よく覚えてはいない。

出会ってから数日でお互いの部屋を行き来するようになった。
笑顔で母国の話をした。彼は真剣な顔で、キリスト教のことを語った。
そして、家族のことを口にするときはいつだって笑顔が零れていた。
ぼくも身振り手振りで話した。

退屈なところだったので彼はぼくにチェスを教えた。ぼくらは毎日毎日談笑した。
夏の蒸し暑い空気が留まった部屋のなかで、ぼくは弱いチェスを打った。
傍らでは安いカセットデッキでいつも音楽を流していた。


片言の日本語と英語では、うまく噛み合わないこともしばしばだった。
だから、どこまで伝え合えたかはよく分からない。うまく伝わらなかったこともあるかもしれない。
ぼくらの話題で一番アツかったのは、やはり音楽だった。


ぼくは同じ日本人のルームメートとも話をしたし、それなりに楽しくやっていたが、
この穏やかな中年の外国人のピアニストに特別な親近感を覚えていた。



宿舎の周りには見事に何もなかった。

思い描くようなリゾートバイトの生活というわけではなかった。
地味で退屈な日々。時間がなかなか過ぎ去ろうとはしない。

時計はじりじりと針を鈍らせて動かないようにぼくの目には時々うつった。

休みの日は交代制なので、一人で過ごすことも多かった。
そんな日は、ぼくは朝からずっとずっとオアシスを聴いて、フジロックの夜を思い起こしていた。


アレックスさんと仲良くなってきたある日、ぼくは彼の部屋でオアシスを流してみた。

すると、彼はとても気に入ったようだった。

上機嫌の表情でぼくにうなずく。
「ビートルズみたいだね」と微笑する。

ぼくも自然と嬉しくなる。


「All Around The World」。ぼくらが一番聴いた曲だった。ふたりで、チェスを交えながら、

カセットデッキから流れている壮大な長い曲。何度も何度も繰り返した。



アレックスさんはわりと人気があって、気さくな性格だったから、部屋にはいろいろな人が遊びに来た。

前述したように彼はプロのピアニストだ。彼は仕事をし、報酬を得る。
だが、ぼくらだけにはサービスで色々な曲を小さな部屋のなかで演奏してくれた。
ただしピアノではなく、小さなキーボードだった。歌も交えてくれた。伸びのある、うまい声だった。

サザンオールスターズ、ミーシャ、ビートルズ。たくさん歌ってくれた。
楽譜集を彼は何冊も持っていて、リゾート客を喜ばせるためにかなりの歌をストックしていた。


ぼくたちは彼の部屋で、プライベートの独演会をよく楽しんだ。宿舎は何もないところだったが、
ずいぶん得をした気分だった。プロのピアニストがぼくらのためだけに、いろんな歌を歌ってくれるのだ。
日に日にぼくらの宿舎は騒がしくなっていった。楽しかった。



夏が終わろうとする日が近づいてきた。それとともにぼくたちのリゾートアルバイトも終わる。
とうとう明日で帰ることになった。
その最後の日は、なんとなく気持ちが沈んでいた。ぼくだけでなく、誰もが寂しそうな表情を隠せないでいた。
アレックスさんが最も深い顔をしていた。見るからに、彼の心の寂しさが伝わってくるような表情だった。


たぶん、アレックスさんともう会うこともないんだよな。
みんなそう思っていたし、ぼくにだってそれは分かっていた。
誰もそのことをはっきりと言葉にしようとはしなかった。頭の隅に無理やり追いやっているみたいだった。






最後の日、ぼくは彼の部屋に行き、いつものようにチェスを打ち、いつものように話をはずませた。

だが、話はぎこちなかった。言葉が詰まる。声色も何だか重たかった。

時間が不自然に纏わりついてぼくらを包んでいた。



やがてアレックスさんは何かを確かめるように時計を見た。

「今日は特別だよ」と言って、彼はいつもの小さなキーボードを部屋の隅から引っ張り出した。

「何か、リクエストはある?」

「All Around The Worldってできるかな?」とぼくは尋ねた。


楽譜も何もないのだ。あまり期待はしていなかった。でも、その曲は紛れもなくぼくらが一番聴いたものだった。


「オッケー」という歯切れの良い返事とともに、サビをさらりと流すように奏でた。


「どう?」、アレックスさんはにやりと笑う。ぼくもにやりと笑う。「凄いね」と拍手をした。

彼はぼくの反応を確かめてから、再び歌い始める。その声には感情がこもっていて、しなやかだった。
小さなキーボードから流れ出る曲は、ぼくたちの夏を鮮やかに映し出す鏡のようだった。




アレックスさんはいつも日本に来るわけではない。
とにかく世界中で演奏するそうだ。どこへでも行くと彼は言っていた。
最後に彼はこう約束してくれた。


「ぼくもオアシスをとても気に入ったから、世界中で演奏するよ」と。





もしかしたら、今もどこかでこの曲を弾いているのかもしれない。

ぼくは「All Around The World」を聴く。
アレックスさんが世界中のどこかのプールサイドやラウンジで拍手を受けている姿を想像する。
彼はいつだってとにかく世界中で演奏をしているはずである。
夕暮れのプールサイドや、艶やかなリゾートホテルのバー。傍らにはリクエストをする人、聴き入る人、拍手をする人。
たくさんの思い出が、たくさんの歌とともに笑顔で溢れ続けているのだろう。


もしかしたら今もどこかで「All Around The World」が歌われているのかもしれない。
世界のどこかに居る彼のことを思い出しては、ぼくはこの特別な響きを持った曲を聴く。









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