×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

おあしすとの出会い








というわけで、オアシスとの出会いについて書きます。前にもいっぺん書いたんですがもう少し詳しく。







ほら、オムニバスアルバムってあるじゃないですか。MAXとかいうのに、運命の曲「WHATEVER」が入っていたんですね。



これがすべての始まりでした。と言っても、当時はぼくは高校二年生。洋楽なんてほとんど聴いた試しはなかったのです。6年ぐらい前のことです。





そのMAXというアルバムには、マライヤ・キャリー、マイケル・ジャクソン、ブルース・スプリングスティーン、ビリージョエル、シンディー・ローパーとかそうそうたるメンバーのポップ・ソングが詰まっていました。



最初は、マライヤ・キャリーでしたね。マライヤばっかり聴いていました。



アルバムはすべて揃えたし、イーオンで宣伝していたマライヤ・ポスターは
片っ端から剥がしてパクりまくる
し、そりゃもう相当なファンでした。



艶やかな雰囲気と伸びのある歌唱力に魅了されていたのです。
その脇で、たまにオアシスを聴くぐらいでした。いきなりガツんとやられたという記憶はないです。















確かに素晴らしいメロディーだなとは思っていたけど、「オアシスなんて名前は聞いたことないしなあ」ってな具合で聞き流していました。





ほんで、その「MAX」に入っていたアーティストのアルバムを適当に買っていったんですね。
ブルース・スプリングスティーンとか、シンディー・ローパーとか。





「そうだ。『おあしす』ってのも買ってみよう。なかなか良い歌だし」と思って、たまたま選んだアルバムが「Be Here Now」でした。







「Whatever」から、いきなり「D'You Know What I Mean?」ですから、あまりのイメージの違いに驚きました。





ぼくにとって、オアシスのイメージって「Whatever」に集約されていたんですよ。
あの曲以外の情報はないし、どんなバンドかも知りません。
























「きっと、歯の白い二枚目ポップシンガーが歌っているんだ」







って想像していたら、






































現実は
「げじげじ眉毛のゴロツキ」だったのです。















センセーショナルなポップ・ソング「Whatever」から”紳士的”で、ファンに優しい”とか勝手に思っていたのですが、
































もちろん壮絶な勘違いでした。







当時のロッキングオンには、「おあしす事件簿」がごったがえしてました。武道館とかでツアーやっていた時期ですからね。





なになに? 




オアシスのリアムギャラガーが、

















レポーターに突然ヘッドバッドを喰らわして、鼻の骨をへし折った・・・・・・。






ふむふむ。









オアシスのリアム・ギャラガーたちが、
























飛行機に永久に搭乗拒否された・・・。






なになに?


















オアシスのノエル・ギャラガーが、































「オレたちは漢字の国では暴れないぜ」と宣言した。






















「Whatever」だけで、想像するのは間違っておりました。ことごとくイメージが裏切られます。







初期の頃は、曲を聴くというよりかは、






「おあしすが次はどんな事件を巻き起こすのか」が楽しみで仕方なかったっす(笑)



だって、毎月当然のように書かれてるし。















アルバム「Be Here Now」は、本当に繰り返し、繰り返して聴きましたね。




ヘリコプターの音。打ち下ろされるドラム。





オアシスの超越的なメロディーラインは、強烈でした。毎日、聴いて過ごしていました。





特に「All Around The World」を聴いているときは、高鳴りというか独特の高揚感を覚えました。




他のポップ・ソングや邦楽ロックは、大抵は消費物で時間が経てば、興味を失っては新しいものを聴いていました。






ですが、「オアシス」はぼくにとって、何から何まで違いました。何回聴いても、飽きることはなかったし、心に染み込んでいくようでした。





周りには知っている人はいませんでしたが、もちろんそんなことは気になりませんでした。





















その時点でオアシスがリリースしていたアルバムは3枚でした。サードまでですね。






ところが、ぼくはサードアルバムばっかり半年くらい聴いていて、
Morning GloryやDefinitery Maybeを買ったのはずっと後
のことです。








どうしてかって言うと、もったいなくて買えなかったんですね。もちろん、お金じゃなくてですね。



アルバムは残り2枚しかないんだし、大事に取っておきたいって考えていたんです。




もし、いきなり3枚揃えてしまったら、それから長いあいだ次のアルバムを待たなくてはいけません。



だから、ぼくは一枚、一枚じっくりと長い時間をかけて聴き込みました。
しばらくしたら、マライヤなんて放り出して、「おあしす」一色になっておりました。






明けても暮れてもオアシスばっかり聴いていて、ひたすら時間は過ぎていきました。
2年後の2000年、オアシスは新曲「Go Let It Out!」をリリースしました。









感想は、






















「ぬおぉ」でした。のたうち回りました。
数え切れないぐらい聴きましたね。






シングル発売日の一週間前から、CD屋を毎日出たり入ったりしていました。
そわそわして仕方がなかったです。もちろん売ってるわけないんですが。













スタンディングのツアーは2回攻めましたね。
大阪と神戸。マライヤ・キャリーのドームツアーがオアシスツアーの一週間ぐらい前に入っていて、
そちらのほうも行きました。
大阪ドームのアリーナ半ばに居ましたが、ちっちゃくてほとんど見えなかったですね。









ところが、その数日後に行ったオアシスのツアーでは、
かつてないほどの興奮と感動を覚えてしまい、ぼく自身びっくりしました。










ステージ寄りの2階席からでしたが、リアム・ギャラガーの声は突き抜けるように僕の耳を抜けていきました。
本物が目の前にいるというのは、格別なものでした。いくら頭のなかで考えてみても、解決に結びつかない
「オアシスのライブとはいったいどんなものだろう?」という疑問が一瞬にしてはじけ飛んでいきました。


2年間、ひたすら3枚のアルバムを聴いて待っていました。繰り返し、繰り返し聴きました。



そのオアシスが目の前に居るというだけでも、なんだか夢見たいで実感が取れないのに、



耳になじんだ曲を次から次へと演奏してくれます。異様なテンションで盛り上がる会場。突き抜けるような高揚感。



身体はびりびりと圧倒的な音でしびれるし、夢中で何も考える余裕がありませんでした。







ライブが終わったころには、汗がびっしょりで、ろくに喋ることもできませんでした。






暗がりの大阪城公園を抜けて、電車を乗り継いで家に帰りました。部屋に戻って、最初にしたことは



ヘッドホンを耳にあてて、大音量で「Go Let It Out!」





リアムの透き通るような歌声は、まだ生々しく鼓膜で揺れていて、
どうにも聴かないわけにはいかなかったんですね。




初めてオアシスに会ったその日は、夜が明けるぐらいまでずっとオアシスを聴いていました。
ステージのリアムを思い出しながら。













というわけで、ぼくの音楽ライフがほとんどオアシス一辺倒になってしまったのは、スタンディングツアーのライブの衝撃が大きかったです。







死にかけました。マジで。カッコ良すぎました。リアム。









一生好きでいられるようなバンドを見つけることができて、幸福な一日でした。





そうそう。最初はオアシスってライブはへたくそって思ってました。
でも、聴いたブートの音源が悪いだけで、実際はオアシスはライブバンドでした。









よくオフ会とかで、
「オアシスとのきっかけ」を耳にするんですが、みんなささやかなものですよね。
友達に教えてもらったとか、ラジオで聴いたとか。






そのささやかなものが、自分のなかでぐんぐん大きくなっていっていくんですけど、
やっぱり周りには思い切り話ができないわけです。





だから、インターネットって面白いですよね。いろんな人とオアシストークできるし。
ネットやってると、音楽ってみんなで楽しむものだよなあってしみじみ思ったりします。





このツアー以降、インターネットでオアシスファンの方々と出会い、みんなでオアシスを楽しんでいます。
ひとりで聴いていたときに比べて、やっぱり10倍ぐらい楽しいですね。




















戻る