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フジロックでオアシス くさまくん



8年前は・・・というと、僕は高校2年生でちょうど洋楽を聴き始めたあたりです。
そのきっかけがオアシスでした。

もともと、「自己主張したいけどできない、もしくは主張したい自分って何なんだ?」
というものを抱え続けている僕にとって、
「好きなものは好きだ、何が悪いんだよ」という、
ある種、吹っ切れたような感覚を与えてくれた存在でもあります。

8年前のフジロック、同級生の友達が勢いで飛び込んでいって、
「とにかくスケールが違う」と興奮気味に話しているのを覚えています。



高校2年生の僕は、まさか、自分がフジロックに行って
オアシスを見ることになるとは思っていなかったでしょう。
でも、その「まさか」が本当になった。



ここ最近の僕は、いろいろなことに迷走しています。
大学卒業にも関わらず、仕事に就かずにもがいている。
就きたい職業があって、そこに向かうため・・・と言えば、聞こえはいいですが、
単なる逃げだとも思ってしまう。いつまで燻っているんだろう、正直嫌になります。

今年3月のオアシスの来日公演。
そこでも、そのことが僕に大きく圧し掛かっていました。
それに伴って、オアシスに対しての熱意が失われてしまった気がして。
それをmixi日記という形で文章にしたものの、
どんどん言いたいことからかけ離れていき、
何が言いたいのか自分でもわからなくなっていました。




そんな中、オアシスを通して仲良くなった方々からいろいろとメッセージをいただきました。
日本各地に散らばっていて、なかなか気軽に会うことは難しいけれど、僕にとってとても大切な人たち。

『フジロックが吹き飛ばしてくれる』

その言葉がずっと頭の中にありました。
そして、最終的にフジロック開催2日前にチケットを購入、
前夜祭が行われる23日に苗場に着いているというような状態になっていました。

そんな自分に自分自身が驚いていました。
24日一日のみ参加とはいえ、初めてのフジロック。
自然とテンションが上がっていきます。

雨風が吹き荒れる悪天候の中でも、
「今、フジに来てるんだ」という感覚がそれを助長していました。
オアシスが繋げてくれた仲間との再会。
新しい人たちとの出会い。
こんな風に繋がっていくんだなと思いながらも、どこか冷静だったりもしていました。


フジロックそのものは、サマーソニックとはやはり違っていました。
全くの非日常の中に身を置いているという感覚。
それは新鮮な感覚でした。
そして、そんな感覚の中、仲間と一緒にグリーンステージのモッシュピットに入り、
オアシスを見ることになりました。



強まる雨の中で、目の前には眩い閃光。
そして、その中にいつものようにいるオアシスのメンバー。

始まる前は「ゲム前に行こう」と言っていたにも関わらず、
仲間とはぐれ、いつの間にかリアムの前あたりにいました。
波のように押し寄せてくる人、空に向かって伸びていく人々の腕の間から、
リアム・ギャラガーがいつものように歌っています。

Lylaでは歌詞を間違っていたリアム。
あれ、これは・・・と思っていると、4年前のサマーソニックでもLylaでやらかしていて、
同じようにノエルに睨まれているんですね。




ああ、そうか・・・と思いました。
僕の中では4年前のサマーソニックで感じた全能感が未だに残っているのか、と。

気づけば、オアシスを巡るいろいろな関係性はそこから始まっていて、
それが今までに続いている。どうにか途切れないように、と。
そして、オアシスは『いつものようにオアシス』でした。

フジロックでオアシスを見たことで何か変わったか・・・それはまだよくわかりません。
でも、明らかにわかったのは、
今の僕は8年前とも4年前とも違っているということ。
それでも何か変わらないものはあるのかもしれない・・・ということでした。



オアシスがオアシスであるように、
どんなに迷っても、遠回りしても、僕は僕なんだ、という感じでしょうか。

フジロック、行ってよかった。
今度は最後まで仲間に付き合いたいと思いました。