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Cum On Feel The Noize





11月21日、代々木体育館に集まった多くの人間は、非常に素晴らしい感動とともに
非常に重たい喪失を感じたのかもしれません。日がすっかり落ちていく。冷たい風が、時々
思い直したかのように吹きすぎていく。みんなの笑顔のなかに、疲弊があり、寂しさがあり、言葉がある。




「明日から、どんなふうにして生きていけばいいんでしょうね?」何人ものファンが、この言葉を
口にする。石段に腰を下ろす。ぼんやりと遠くのほうを眺める。時間が容赦なく進んでいく。






もちろん、これから海外の公演へ行かれるという方もいるでしょう。もしかしたら、早い内にまた彼らのライブが日本で
あるのかもしれません。

しかし、おそらくはずいぶんな時間の空白を置かなくてはいけない。3年? 4年? それはぼくらには
よく分かりません。もっと短いのかもしれないし、もっと長いのかもしれません。












この短い期間で知り合った仲間と今度顔を合わすことになるのはいつのことでしょう?


明日から、またいつの間にか熱が抜けていき、心が失われていくのかもしれない。


駆け抜けたと言ってもいいこのツアー。本当に素晴らしい経験ばかりでした。




だから、ぼくはあまりこの最終日が楽しみではなかった。すべてが終わってしまって、
そこからいったいどういうふうにして、過ごしていったらいいのだろう。


複雑な気持ちを抱きながら、ぼくは会場へ入りました。


ノエル側3列目の席は非常に見渡しが良く、彼らとの距離はとても近いものでした。

ぼくの目の前には、ノエルギャラガーの立ち位置。少し視点を動かすとリアム。



高校時代、ぼくは死ぬほどオアシスを聴いたけども、彼らのライブへ行くことは長い間出来ませんでした。
2年後に、スタンディングツアーで念願が叶います。
ステージからはとても遠くて、リアムの顔もノエルの顔も分かりませんでした。


歌だって全部知らなかったし、歌詞だって覚えていなかった。でも、好きで好きで仕方がなかった・・・・・・。

同じ空気を吸っていると思うだけで興奮し、感激したものです。しかし、語り合う仲間も居なければ、

オアシスの表情ものぞけないような2階席の片隅からぼくは感動に打ち震えているに過ぎなかった。







2005、ラストのライブは、とても近かった。すぐそこにリアムとノエルが居ました。
それは物理的な近さではなくて、心理的な近さを感じさせるものでした。






5年のあいだに、ぼくはずいぶん彼らの近くまでやって来たような気がします。2002年には
彼らと会う機会があったし、サマーソニックやフジロックフェスでの感動、たくさんの仲間たちと
クラブイベントまで開いてしまうという……。




「近くなったよなあ……」と、ぼんやりステージを眺めていました。
開演直前に売店でブラックのホットコーヒーを買ってきて、
カップを手で包むようにして飲み、ぼんやりしていました。リラックスしていたつもりでした。




さあ、最後のライブだ。表面的な気持ちでは分からなかったのですが、

「Turn Up The Sun」が始まってしまうと、涙で前が見えなくなり、

頭のなかがぐしゃぐしゃになってしまいました。

椅子に何度か座り込み、落ち着けようとしたのですが、うまくいきませんでした。







リアムが歌い上げていくにつれて、この時間は刻一刻と終わりに近づき、

楽しかった仲間とは別れなくてはいけない……。

そういった寂寥感も含まれていました。今度はいったい何年待つのだろうかという想いもありましたし、

結局のところ、その何年もの空白のあいだ、
ぼくはどうなってしまうのだろうという漠とした不安もありました。






たぶんまた情熱を失っていくだろうし、そして今度は取り戻すことができないのかもしれない。

あるいはまだ突っ走っているのかもしれないし、その辺はよく分からないですよね。未来においては、分からないのですが、

今の瞬間は、オアシスが好きですということです。「Turn Up The Sun」では、涙をぬぐっても、ぬぐっても、まるで視界が効かなかった。


「Lyla」ではいっそうひどくなっていき、まともに観ることが出来ませんでした。
でも、「Lyla」が終わると、それは自然と引いていきました。





ぼくは何事もなかったかのように残りの演奏を聴きました。

一緒に歌うこともあまりしませんでした。


ただ、黙って、すぐ近くにいるノエルとリアムを親しみの表情で眺めながら、
時折拍手をしたり、親指を立ててリアムにアピールしたり。







リアムは何度も、何度もぼくの方向、あるいはぼくを眺めていました。
1曲目から泣き崩れていて目立ったからかもしれませんけど、そのうちの何度かは
確実にぼくを見ていました。気のせいでも何でもなくて。ほんとうに。












ちなみに、ノエルとは1回も目は合わなかったのですが。笑。










ゆっくりと眺めるオアシスって、ぼくは初めてでしたが、そんなには悪くなかったです。

もっと叫んだり、歌ったりして締めくくっても良かったのですが、

ぼくの心はそれらを必要としていなかった。ただ、じっと眺めていたかったんですよね。








混じりっけのない彼らの音楽。夏から続いていた激しく波打つ気持ちはもうすぐ終わりです。

激しい心がとてもおだやかな波にすり替わっていくのが分かりました。







アンコールの「Meaning Of Soul」からは一緒に歌いました。踊りました。さすがに、じっとしていられなかったです。苦笑。


ドンルクをいつものように心の底から歌い、「My Generation」では飛び跳ねながら……。そして。






終わりました。彼らはステージから去り、ビートルズの「Let It Be」が代々木体育館に満ちていきました。



会場の外では、多くの仲間たちが肩を組んだり、握手を交わしたり、記念撮影を始めたり……。何十人というファンが、

ぼくの周りには居て、彼らと伝えあうことができる。温もりや、感情や、失ったままの言葉……。


高校生のあやこさんはずいぶん泣いていました。コートにくるまれた小さな肩を震わせて。


ぼくは彼女の肩を少し抱きました。しかし、ぼくはただ黙って彼女の感情の震えを受け止めるだけでした。


哀しみとも、喜びともつかない彼女の感情を。







冷たく吹きつける風、暗がりの体育館前……。

ぼくらは長い時間そこにいました。誰彼となく握手を交わし、肩を抱き合いました。
英国旗やお手製のファングッズを振り回し、歌を歌った。








終わりました。これからまた長いブランクがあくことでしょう。


もしかしたら、ぼくはまた知らぬうちに心を失っているのかもしれません。

みんなとだって、手放しで抱き合えるかどうかも分かりません。
未来のことは何も分からないから、そのことがとても不安です。




ただ、2005年は最高でした。ぼくは最高にオアシスが好きだったし、たくさんのファンと触れあう機会があったことは一生の宝物です。




この最終ライブが終わる前に、「明日から、いったいどうやって生きていけばいいんですかね?」と何人かのファンは言いました。


ぼくもそう思っていました。もしかしたら、何も残っていないんじゃないかってぐらいに。




家に帰ったぼくの散らかった部屋。鳴り響いているのは「Don't Look Back In Anger」であり、「Live Forever」であり、


そして「Cum On Feel The Noize」





その不安だった明日がやって来ても、結局オアシス聴いてます。



たぶん、明後日だって、1年後だって、10年後だって。ぼくは変わらないだろうなと思う。












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