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2004年の空白





ああ、去年のことですよ。あれは、去年のこと。我らがオアシスは、アルバム制作を始めており、

夏頃には完成か・・・・・・と言われていたのでございました。2002年ツアーから2年の月日が流れておりました。


ぼくとしては、2000年からツアー、2001年フジロック、2002年MTV、

2002年ツアー
年中行事だったので、



2003年、2004年は、もはや暗黒の年と言っても、過言ではないのです。動きはほとんどなかったわけで。



2003年はまあ仕方がないとしても、ぼくたちがかける2004年への情熱は半端ではありませんでした。










アルバムの制作情報やフェスティバルへの噂が後を絶たなかったからです。




アルバムに関しては、夏頃にも完成か? との報道が主でした。しかし、こともあろうにオアシスは




ドラムのアランをクビにした上にですよ。




プロデューサーのデス・イン・ベガスもクビにしました。









しかも自分で、呼んでおいて・・・・・・。





ほんで、これっすよ。これ。






























「曲は、全部つくりなおしだあー」(のえ)













ため息しか出なかったです。いつになるんすか? いつになったら、おあおあできるんですか?








ほんだら、あれっすよ。オアシス、イギリスのグラストンベリーフェスティバルへ出演!!






基本的に行けるわけないし、30万円だかはかかるわけで、休みも取らなくてはならんとのことで、これは無理。










もっとも、マッスル師匠は、日本から即・突撃されましたが。



会場はロンドンから車で6時間ぐらいなのですが、




マッスル師匠は、




缶ビール飲みながら運転しようとしたそうですが(未遂)。








そうそう。グラストンベリーに出ただけで、もう音沙汰なし。で、降ってわいてきたものがですね。







オアシスはサマーソニックに出ることが確約しただの、フジロックからのオファーを受諾だとか、






関係者から聞いたのですがウドーのフェスティバルにやってくるTHE WHO









ゲストとして来日します、間違いありません!!







と、間違いだらけの流言が飛び交いましたね。ああ、懐かしいです。なつかすい。






が、結局サマソニには来ず、フジにも来ず、もちろんTHE WHOのゲストなんかは”ありえない”わけでして。




何事もなく2004年は終了。アルバムのレコーディングは快調の様子も未だ全容は見えず。


大丈夫か、オアシス? というか、ドラムはどうなったんだオアシス? って感じでしたね。





ホームページはどこも静かだし、ぼくの心も比較的よそ見をしているって状態でした。





が、2005年です。これはもう天変地異と言っても構わないと思う。




この2年間の空白で、ぼくはオアシスへの情熱を失いかけているのではないかとも考えました。


あのフジロックの時に感じていたような、圧倒的な高揚感や待ち遠しさ、彼らの音楽や生きる姿勢への敬愛。


すべてが薄れていっているような、もの寂しさを感じていました。


しかし、それは違っていましたねえ。まったく、間違っていました。



ケミカルブラザーズやジーバスのライブ、フジロックの2003年に参加しました。

邦楽とか、他のロックバンドの音楽を聴いたりしたけども、


オアシスがサマソニに決まった時の
この魂を揺さぶられるような圧倒的な感覚。
心の底から、湧き出てくる喜びと興奮の塊。



これはやっぱりオアシスにしか感じることができません。
やっぱり、彼らはいつまでもぼくにとっては特別なバンドです。というか、他は要らん。




2004年という空白の時期にしんみりと考えました。

ぼくは正直に言って、「オアシスへの全面的な陶酔」は終わったのではないかとも思っていました。


彼らの音楽や彼らの存在が、昔ほど鮮やかにぼくを捉えなくなってしまったのではないだろうか、と。


しかし、サマソニでオアシスが決定した瞬間子供のようなはしゃぎようでした。


叫び回りたくなるような高揚感。


待ち望んでいた瞬間。



昔と変わってない、ってぼくは自分をほほえましく思いました。何よりも嬉しくて、何も考えずに、好きでいて。


ああ、素晴らしいです。久しく、眠っていたこの感覚が。











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