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長い夜








ぼくはぐったりと部屋に戻りました。オフ会参加メンバーから色々メールや電話が入ります。


しかし、まったく、何も考えることができませんでした。夜の11時くらいでした。


ぐっしょり濡れたシャツを脱ぎ捨てて、鏡の向こうの冷たくなった顔を眺めました。










どうして帰ってしまったのだろう?? ぼくはとても混乱していました。



ずっと、ずっと、頭のなかをもたげていた不安が、鋭く襲いかかってきました。

ぼくはオアシスのことがもう好きじゃなくなって
きているのじゃないか。
本当に好きだったら、死んでもあの場にいるだろう、と。






名古屋が終わった翌日、ぼくは自分宛に文章を書いています。それは殴り書きのようなものです。










頭が真っ白になるくらい好きだったオアシスは、徐々に影響力を失ってきている。

頭のどこかで冷めた自分がいる。そのことがもの凄く哀しい。





Lylaを聴いた時も、「Don't Believe The Truth」を買った時も昔とは違った感じがした。

あの頃のように、溢れてくる想い、突き動かされる感情が勢いを失っていることに気がつく。



無理に高揚している自分がいる。

自分が感じている心以上に、無理に気持ちを引き上げようとしている。

どうして? 周りがそういうぼくを求めているから。
そして、ぼくがその失った感情を認めることができないでいるから。



それを認めてしまうと、ぼくはとても哀しくなる。
18歳の頃、ぼくはオアシスに夢中だった。リアム・ギャラガーという絶対に憧れていた。

彼はぼくの心をすべて奪っていった。竜巻か何かのように。




2000年のツアー。初めて出会った衝撃。ぼくはあの感情の響きを今でも忘れないでいる。
本当のロックンロールスターが、二階席の僕の席から遙か遠くで猛々しく歌っていた。

人生を見失うくらいに感動したフジロック。あの時に出会ったオアシスファンたち。
あの草の匂い、あの音の響き。
薄暗闇のなか吹きつける冷たい風において、ぼくは本当に死んでもいいよな、と思った。

すべての論理的思考をかき消すような、オアシスというバンド。


フジロック。

目の前にいるという真実をうまく飲み込めずに、ライブに飲み込まれていく。

オフで出会った友人たちとは熱っぽく語り、情熱を全身で表し、すべてをぶつけた。



ラジオから流れ出るGo Let It Out!を初めて耳にして、

雪崩の感情があっという間に支配していく。あの時のぼくの心。今はどこにもない。









というような文章です。要約ですが。

ぼくは以前よりもオアシスが好きではなくなっているんじゃないだろうか、ってずっとずっと思っていたのです。

ライブって言っても、近頃は、2000年の時には無理矢理友人や彼女をラチって行ったのが嘘のようです。
今や、声をかけるまでもなく、何十人のも人たちと観ることができます。




名古屋では、ひろさんの計らいでC1ブロック、最高の場所から観れました。最高でしたよ、もちろん。
あんな場所から、観ることなどもう二度とできないでしょう。


喉も痛いし、声は変わっているし、疲労は凄まじいです。オアシスは最高でした。



でも、もう、オアシスでやることはすべてやり尽くしたような感がありました。

ま、コラム読んでもらっている人は分かると思うけど、普通のファンではありません。


マンチェスター行ってないじゃん。って言うかもしれませんが、
ぼくなりにすべてを尽くしたような気がしていました。


好きっていう気持ちがどんどん薄まっていっているような気がしていて、それが現実として、途中で帰宅。











それにオアシスのライブが楽しみというよりは、みんなに再会したり、新しく出会ったりするほうが

目的としてすり替わっているような気もしました。
昔はもっとひたむきだったのになあ、と。




名古屋から来ていた、友人の総帥さん(リアム派)が、部屋に泊まりに来ました。


けっこう、すがすがしい顔で来たんですよ。でも、ぼくはちっともでしたね。
分からなかったし、うまく考えることができなかった。


心の底からの、叫びとどうしようもない衝動が、どうもなかったというか・・・・・・。


それが、大人になったということなのかもしれないけども。






「なあ。オレはもう、オアシスでやることなくなったよなあ。ほとんどやったし」とぼくは総帥に言いました。






「だいたい、同じセットリストで同じバンドを3回も観るよりは、ちょっとは違う場所に行ってみようかなあ。


フェスを楽しみたいっていうか。例えば、ティーンエイジとかラーズとか。なんか、オアシスはもういい・・・・・・








ぼくはずっと終始こんな具合でして、行き先を見失った航海船のようなものでした。




途中で帰ったという事実は、重たく、重たく、のしかかりました。My Generationを聴かなかったのです。



それは絶対にあってはいけないことだったのだと思います。




「明日は、ブロックパーティー、ティーンエイジ、ラーズでも観るわ。オアシスはもう2回観たし」





本当に、本当に、そう考えて、とうとう口に出したとき、


オアシスというバンドはぼくのなかで、大きな役割を終えたのだろう、と感じました。








ぼくらは、またビールを飲み、日本酒を流し込み、マカディアというカクテルを瓶で飲み、その夜を過ごしていました。


疲労が漂っていて、あらゆる部分を蝕んでいるようでした。
とても長い夜ぼくは彼と話をしながら、



オアシスというバンドがいったいぼくにとって、どのような位置づけになってしまったのだろう。
ひたすら自問自答していました。











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